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命と、居場所と、お坊さん。

命と、居場所と、お坊さん。

こんにちは!

ミナトスタッフの長野(ちょーの)です!

 

今回は、しばらくお休みしていたイベントレポートといきます…!

 

11/12(木)に行われたミナトカケル、ゲストには浄土真宗本願寺派の僧侶である小岱海さんをゲストにお迎えしました。

 

 

仏教、もとい宗教についての知識がゼロと言っても過言ではない。そんな僕は、聴きたいことで頭がいっぱいの状態でトークをスタート!

 

いくつか質問をさせていただきましたが、お客様からいただいた質問も含めてさらっていきます!

 

 

まず聴いたのが「お坊さんの仕事って、お経を読む人なの?」。

 

初めから、ぶっきらぼうで馴れ馴れしい質問を飛ばした僕に対し、海さんは「そう思っちゃうよね~」と言いつつ、仏の教えを伝えていく人だと教えてくださいました。同じ仏教でも様々な宗派に分かれていること、厳しい修行が全てではなく、普通の生活を営みながら学ぶこともできるということ。

 

自らは後者でありながら、厳しい修行を積む方々への尊敬の気持ちもあるという海さん。僕も、そして来てくださった方々も、少しずつ海さんの優しい人柄に惹き込まれていきました。

 

 

その後は、お寺はどんな方でも気軽にご利用いただける場所だということ。それをもっと多くの方に知ってほしいこと。そして、そのために品格を保ちながら敷居を下げる様々な取り組みをされていることなど、矢継ぎ早に投げた質問にも真摯に答えてくださいました。

 

ご自宅では、小学生の頃からお坊さんを志していた文集も見つかったそうです。素敵…!

 

 

続く質疑応答の時間には、命にスポットを当てたお話へ。

 

「死ぬことが怖いのですが、お坊さんでも怖いですか?」という質問に対しては、「私はそんなに怖くないかな」と即答。急にお亡くなりになった友だちが、海さん自身と同じ宗派だったこと。

 

それに気付いたとき、「死んだ世界は私たち自身にも分からないけれど、もしかしたらまた会えるのかもしれない。」と感じたということでした。

 

「この世に生を受けた以上、死ぬことは必然」と語る海さんに対し、質問者の齊藤秀男さんは「その因果をまだ受け止められない。」とコメントされていました。僕もです。

 

 

また、2児の母であるお客様からは「子どもが『死んだらどうなるの?』と言うことがある。その時は、どう答えてあげたら良いのでしょうか?」という質問。

 

海さんは「『そんなこと言わないの!』と返してしまうのは、大人自身がその答えを持っていないから。子どもの疑問を肯定してあげて、『私も分からないんだ~』って言ってあげるのがいいかなと思います。」と、受け止めてあげる大切さを伝えられていました。

 

 

今回のトークの中で僕が印象に残った言葉は、「誰かの死に携わることができるということは、とてもありがたいこと。お坊さんをしていて良かったと思う」。ほかの職業よりも、より多くの方の死を目の当たりにするお坊さん。

 

「淡々とこなしているように見えるけれど、私はとてもしんどい。折れそうになったこともある。」と胸の内を話してくださった海さんは、それでもお坊さんを続けることを選びました。

 

 

お寺の娘として生まれ、物心ついたときから彼女には居場所があった。時には人の死と向き合い、時には憩いの場としてお寺に集い、そして時にはお寺を出て「お坊さんスナック」までやってしまう彼女のバイタリティ。(ここに迫り忘れて赤木さんに助けていただきましたが…!笑)

 

その根底は、まるで好きな食べ物やお店を誰かに伝えたくなるような無邪気な気持ち。

 

あっけらかんと笑う彼女のお話に、それぞれが信じるものの垣根を越えた交流が生まれました。

 

(キリシタンであるやぎちゃんに対し、「合掌じゃなくてもいいんだよ!」と笑顔の海さん。)

 

YouTubeを観てくださったみなさん、ミナトに来てくださったみなさん、そして海さん。

素敵な1時間を、本当にありがとうございました!

 

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